撤退の農村計画 > 記事 : 一ノ瀬友博(2010):撤退と再生の農村計画―活性化ではない地域支援のあり方.農業と経済76(11),35-42.
  • 一ノ瀬友博(2010):撤退と再生の農村計画―活性化ではない地域支援のあり方.農業と経済76(11),35-42.

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     共同研究会「撤退の農村計画」では、熊本大学の学術レポジトリにならって、原則として、全文を公開しています。これは著者最終稿をもとにしたものであり、その後の発行者・出版者側のレイアウト調整・誤字脱字調整、著者の校正は入っていません。

    1.限界集落問題

     大野が「限界集落」という言葉を定義したのは、1991年のことであるが1)、当時はあまり注目されなかった。例えば、最も一般的な日本語の論文検索システムの一つである国立情報学研究所の論文情報ナビゲータ (CiNii) で「限界集落」を検索してみると、2010年8月はじめの時点で154件の検索結果が得られるが、そのうち151件が2005年以降に発表されたものである。つまり、研究レベルで使われるようになったのはこの5年ぐらいということである。5年前というと、「人口減少時代」という言葉が盛んにマスコミでも取り上げられるようになった頃である。これまでも過疎に悩んできた農山漁村地域においては、集落自体が消滅の危機にあることが広く一般的に知られるようになってきた。都市か農村かにかかわらず、急速な高齢化も度々指摘されるようになり、大野が提唱した限界集落が再び脚光を浴びるようになったと言えるだろう。

     大野1)は、限界集落を「高齢化率が50%以上で、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落」と定義している。高齢化率50%以上が一人歩きすることが多いが、集落の維持が困難という点が重要である。しかし、これを明確に指標化することは難しく、研究者を始め、行政もほとんど限界集落という言葉を使ってこなかった。2006年に国土交通省と総務省が合同で行った調査では、「消滅可能性のある集落」という言い方で、市町村自治体に対するアンケートにより調べている2)。この調査によれば、全国62,271集落のうち、0.7%にあたる422集落が10年以内に消滅するとされ、さらに3.6%に相当する2,219集落がいずれ消滅するとされた。この調査以降、同様の様々な調査がなされているが、より深刻な結果が得られることがあっても、楽観的な見通しが示されることはない。

    2.限界集落と過疎

     限界集落という言葉が一般的に使われるようになり、その対策が国を始め、地方自治体においても矢継ぎ早に打ち出されるようになった。限界集落という言葉が持つマイナスイメージを払拭しようと、「いきいき集落」(宮崎県)、「元気集落」(兵庫県)、「ゴールド集落」(薩摩川内市)など様々な名称が提案され、地域活性化が一層脚光を浴びている。しかし、先に挙げた消滅可能性のある集落の調査結果を見ても、中長期的な視点からはすべての限界的な集落において活性化を成功させ、消滅集落を発生させないということは事実上不可能であるのは自明である。2008年に閣議決定された国土形成計画(全国計画)においても、人口減少に伴い国土の管理水準が低下することから「国土の国民的経営」という考え方が初めて示された。また、農林水産省の委託事業として実施された調査では3)、限界集落問題に取り組む中で「撤退戦略」も必要であると提言がなされている。

     わが国が高度成長期を迎える頃から農山漁村は深刻な人口減少に直面してきた。1970年に過疎地域対策緊急処置法(いわゆる過疎法)が制定され、国として過疎対策に乗り出した。当時は集落移転を含む集落再編成事業が過疎解消の一つの手段として進められた。集落移転に対しては一定の評価が見られる一方で4)、国や地方自治体が主導して条件不利地の集落を半ば強制的に移転させるのではないかという不信感も強く、また集落として移転しながらコミュニティの崩壊につながったという指摘もある5)。1980年代以降、道路や橋、トンネルなどのインフラ整備が進み、多くの集落の交通アクセスが改善される中で、過疎対策は「活性化」を中心としたソフト事業に軸足を移していった。しかし、程度の差はあれ一貫して人口が流失してきた農山漁村地域においては、1990年代のいわゆるバブル経済崩壊を経て、限界集落問題が顕在化して来たのである。

    3.「撤退の農村計画」という考え方

     1960〜70年代においては、薪炭で生計を立てていたような極端な条件不利地における人口減少が顕著であったが、現在私たちが直面している限界集落問題は稲作を中心としてきた農業生産地域においても例外ではない。都市においては、コンパクトシティという考え方が示される一方で、これからの農村地域をどのように持続的に経営していくのか、その計画手法を早急に確立する必要がある。そのような問題意識に基づき、筆者を含め、4名の若手研究者で2006年に共同研究会「撤退の農村計画」を立ち上げた。ネット上の会員制ブログ (http://tettai.jp/) を活動の中心に据えた研究会で、研究会の規約に同意できれば立場や身分にかかわらず、誰でも参加することができる。2010年8月時点で、所属も専門分野も異なる100名程度のメンバーによって構成され、活動している。

     「撤退の農村計画」は撤退することが目的ではなく、地域の再編による農村再生を目指している。集落の人口が徐々に減少し、共同体が崩壊し、いつかは集落が自然消滅する「消極的な撤退」に対して、「積極的な撤退」を提唱している。積極的な撤退とは、高齢化が著しい過疎地の住民の生活と共同体を守るため、さらに、地域の環境の持続性を高める(災害防止や生物多様性の向上など)ために、居住地、資金、人的資源を戦略的に再配置(再構築)することであり、おおよそ30〜50年先の将来を想定している6)。筆者はさらに積極的撤退を経て、地域が打って出ることを「農村イノベーション」と呼んでいる7)。農村イノベーションにより、地域の既存の産業を強化し、加えて新たな産業を立ち上げることが、様々な変化に対する地域の抵抗力を高めることにつながるのである。

     先に述べたように、具体的な撤退手法として、集落移転はこれまでも行われてきた。現在も、過疎地域集落再編整備事業として、集落移転事業が存在し、一定の要件を満たせば2分の1を上限に補助を受けることができる。よって、集落移転も一つの選択肢である。1970年代から80年代の集落移転では、対象となった集落は人口減少は問題であったものの、高齢化はそれほど問題ではなく、移転後の農業を含めた就労が大きな関心事であった。しかし、今の限界集落を今後どのようにしていくのか考える場合には、高齢化が最も大きな壁となるだろう。つまり、集落機能が低下し、自給的な農業のみが行われている状況で、集落の単位で移転することのメリットは地縁を維持するという点にのみ見いだされる。しかし、移転すること自体に経済的、精神的な負担も伴う上に、住み慣れた土地を離れたくないという人も多いことを考えると集落単位での移転は容易ではないだろう。すると作野8)が提唱するような「むらおさめ」を撤退の方法として、真剣に検討する必要があると言える。

    4.流域居住圏の形成

     先に、撤退の農村計画では積極的撤退を通じて、地域の抵抗力を強めると説明したが、中長期的に持続可能な圏域を形成するのがその大きな目標である。圏域については、新全国総合開発計画の広域生活圏を皮切りにこれまで様々な提案がなされてきており、最近では総務省において定住自立圏が施策として展開されている。定住自立圏は人口5万人以上の地方都市が核となり、周辺市町村と協定を結んで形成される。2010年7月2日現在で、35圏域が形成されている。この定住自立圏は、人口規模と昼夜間人口比率、さらには周辺自治体と協定が結べるかどうかによって、圏域の形成がなされるが、地形などの自然条件は加味されていない。また、人口減少が予測されている中で、現在の人口規模に立脚することは持続性に不安が生じる。そこで、筆者は「流域居住圏」という圏域を提案している7)。流域居住圏は、50年後の人口が10万人程度の規模を有し、地域間の歴史的なつながりに配慮した上で、流域及び集水域の単位により形成される圏域である。中長期的な持続可能性を重視し、50年程度の将来人口を基盤とした。自然環境の単位として、流域、あるいはその一部である集水域を採用し、流域において将来予測人口が10万人を満たさない場合には、歴史的なつながりに配慮し隣接する流域と統合することとした。岩手県を対象として行ったケーススタディの結果を図1に示した。その結果、形成された流域居住圏と現在の市町村界は、一致する部分が多かった。しかし、小河川が平行して太平洋に注いでいる県北部や三陸地域においては、人口10万人規模を満たさなかったため、現在の岩手県の広域生活圏を参考に地域を統合した7)

    表1
    ↑図1(クリックすると大きくなります)

     試案であるが、この流域居住圏においてはさらに4つのゾーニングを想定している。そのゾーニングイメージ図を図2に示した。一次自然保全・再生地域とは、一次自然が残されている場所やそれに準ずる地域で、維持管理が困難な農林地については、積極的に一次自然に戻していくことを想定している。二次的自然保全地域は、里山などの二次的自然を保全していく地域で、農業の生産性向上だけでは維持が難しい地域が対象となる。都市農村交流や農地の粗放的な管理など様々な形で維持を行う。次の農業生産地域を取り囲むバッファーゾーンの役割も果たす。農業生産重点地域は、その名の通り農地の集約化などにより農業の生産性を向上させる地域である。都市域は、通常であれば流域居住圏において最も下流に位置する。流域居住圏の自然環境の恩恵を受けて成り立つのが都市域であるので、都市住民は圏域内の維持管理を様々な形で担う主体としての役割を期待する。より詳細には、拙著7)を参考にして頂ければ幸いである。

    図2
    ↑図2(クリックすると大きくなります)

    5.農村再生に向けて

     持続可能な圏域として、流域居住圏について解説したが、限界集落をはじめとした地域の現状を踏まえ、流域居住圏を形成していくためには、いくつものハードルを越えなければならない。特に、既存の自治体の枠を超える圏域については、新しい仕組みが必要であろう。ここでは、研究において求められる課題、加えて、集落と自治体のレベルにおいて求められる課題について述べたい。

     まず、具体的な撤退、再編の手法の確立が望まれる。先に述べたように集落移転についてはこれまでも事例もあり、その手法についても、議論されてきた。さらに、集落の再編、最近ではコミュニティの再編についての研究も進められている。今後は、先に挙げたようにむらおさめの手法を確立していく必要がある。作野8)は、集落住民に最後まで幸せな居住を保障し、人間らしく生きていくための手段を構築すべきで、「尊厳ある暮らし」を保障する必要を提唱している。そして、むらおさめとは、集落を「看取る」行為で、かつ集落の存在を記録として後世へ伝えていこうとする考え方であるとしている。これまでは最も積極的な撤退の方法として集落移転が存在し、それが実現できなければ、消極的な撤退としての自然消滅が待ち受けていた。しかし、本来であれば、個人の転出、世帯としての移転(いわゆる挙家離村)、集落より小さい単位での移転(親族単位など)を含め、様々な撤退の形態があり得るし、実際に無秩序にそのような現象が起こってきた。今後は移転を希望する人々、地域に残ることを選択する人々すべてに、適切な支援を行っていくむらおさめの手法構築が望まれる。

     集落移転を行うにしても、むらおさめにしても、残された土地をどのように管理するのかという跡地管理も今後検討すべき課題である。これまでは跡地にスギ・ヒノキといった針葉樹の植林がなされた例が多いが、林業においても後継者不足と管理放棄が問題になっている中で、安易な針葉樹植林は避けるべきであろう。農地でも宅地でも、数百年のオーダーで放置しておけば、植生が遷移し、自然が再生されることが予想されるが、そこに至る過程で獣害や不法投棄の増加などの問題が指摘されている。また、生物多様性の視点からは、人為的に管理されてきた二次的な自然が消滅することによる多様性の消失が指摘されている。よって、筆者は、積極的に一次自然に戻す、放牧などの粗放的な管理で農地を維持する、都市農村交流やボランティアにより農地を維持するなどの方策を組み合わせることによる包括的な跡地管理を提案している9)。今後は具体的な跡地管理計画策定のために、いくつかのシナリオを提示できるような手法を確立する必要があるだろう。

     集落においては、集落の生き残り戦略の構築が必要である。限界集落においては、存続を目指すとしても、先の農村開発企画委員会の報告書3)が指摘するように、部分的撤退戦略の構築が肝要であろう。新沼10)が事例研究から明らかにしているように、限界集落の置かれている状況は集落によって様々でその実情にそった対応が欠かせない。よって、 人による支援が最も有効で、これに応える施策が2008年度から開始されている集落支援員制度である11)。集落支援員については、この特集に別途論考があるので、ここでは詳細を取り上げないが、平成21年度は専任の集落支援員は449人、兼務の支援員が3500人であった。今後より多くの都道府県、市町村で制度の導入が進むことを期待したい。加えて、共同研究会「撤退の農村計画」では、集落診断士という専門家の必要性を提唱している12)。集落診断士は、一人でいくつかの集落を担当し、より高度な支援を行う専門家である。具体的には、集落の状況を様々な情報に基づき診断し、場合によっては集落移転やむらおさめといったより重い決断への支援を行う。個々の集落に張り付く集落支援員と、一定のまとまった範囲の集落を俯瞰的に見ることができる集落診断士の連携によって、より広域レベルの戦略が立案でできる。

     市町村のレベルにおいては、30年から50年といった中長期的なスパンからの土地利用戦略の策定が求められる。市町村レベルでの土地利用計画としては、国土利用計画法に基づく、市町村計画が存在しているが、土地利用調整としての役割が大きく、必ずしも地域の将来像を描こうというものではない。人口が減少し、高齢化が急速に進む中で、地域をどのように誘導し、維持管理していくのか検討しなければならない。この戦略策定は集落の戦略構築と並行して行い、地域の意向や将来像を盛り込んでいく必要がある。中長期的土地利用戦略においては、持続的に集約的な利用を行っていく地域を明確にしなればならない。先の流域居住圏でいう都市域と農業生産重点地域である。これらの地域においては、なし崩し的な撤退が生じないように生活利便性と産業の基盤を積極的に維持していく。逆に一次自然保全・再生地域においては、不法投棄などはもちろんのこと、新規の居住などを制限する必要がある。二次的自然保全地域では既存の集落が移転したり、むらおさめという選択肢を取る場合もあり得るだろう。しかし、その後の維持管理においては、現代的な自給自足生活を目指す移住者によるエコビレッジに形を変えていくこともあり得るだろうし、都市農村交流の拠点としての活用も考えられる。必ずしも悲観的な将来計画ではなく、地域の持つポテンシャルを活かした戦略的土地利用計画が期待される。

    引用文献

    1) 大野晃 (1991), 「山村の高齢化と限界集落」, 経済 7, 55-71.
    2) 国土交通省国土計画局 (2008), 「平成19年度国土施策創発調査 維持・存続が危ぶまれる集落の新たな地域運営と資源活用に関する方策検討調査報告書」.
    3) 農村開発企画委員会 (2007), 「限界集落における集落機能の実態等に関する調査報告書–平成18年度農林水産省農村振興局委託」, 農村開発企画委員会.
    4) 木村和弘 (1974), 「滋賀県余呉町における集落再編成事業-集落再編成の背景と事業の問題点-」, 信州大学農学部紀要 11 (2), 281-313.
    5) 國歳眞臣 (1981), 「山村における集落移転:集落再編による山村の変容」, 鳥取大学教養部紀要 15, 89-120.
    6) 林直樹・齋藤晋・一ノ瀬友博・前川英城 (2007), 「共同研究会「撤退の農村計画」−人口減少時代の戦略的農村再構築−」, 農村計画学会誌 25, 564-567.
    7) 一ノ瀬友博 (2010), 「農村イノベーション−発展のための撤退の農村計画というアプローチ」, イマジン出版.
    8) 作野広和 (2006), 「中山間地域における地域問題と集落の対応」, 経済地理学年報 52, 264−282.
    9) 一ノ瀬友博 (2007), 「耕作放棄によって失われていく農村地域の水辺環境とその保全再生」, 地球環境 12 (1), 37-47.
    10) 新沼星織 (2009), 「「限界集落」における集落機能の維持と住民生活の持続可能性に関する考察-東京都西多摩郡檜原村M集落の事例から-」, E-journal GEO 4 (1), 21-36.
    11) 小田切徳美 (2009), 「農山村再生「限界集落」問題を超えて」, 岩波書店.
    12) 林直樹・齋藤晋編 (2010), 「撤退の農村計画」. 学芸出版社.





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