撤退の農村計画 > 記事 : 林直樹(2011):過疎地域からはじまる戦略的な構築と撤退.農村計画学会誌,29巻4号,418-421.
  • 林直樹(2011):過疎地域からはじまる戦略的な構築と撤退.農村計画学会誌,29巻4号,418-421.

    必ずお読みください。

     共同研究会「撤退の農村計画」では、熊本大学の学術レポジトリにならって、原則として、全文を公開しています。これは著者最終稿をもとにしたものであり、その後の発行者・出版者側のレイアウト調整・誤字脱字調整、著者の校正は入っていません。

    I 本稿のねらいと流れ

     過疎集落を起点とした地域の戦略的な再構築について,長期的な視点から論じる。ただし本稿の対象は雪が多い地域である(北海道は除く)。

     第II章では現在の過疎集落対策が限定的であることを示す。第III章では限られた人材や支援を拠点集落に集約することを提案する。第IV章,第V章では拠点集落以外への次善策を示す。第VI章では,これまでとの考え方の違いを少し整理する。最後に共同研究会「撤退の農村計画」の「積極的な撤退」との関係を説明する。

    II 過疎集落対策の正攻法

    1 過疎集落対策の正攻法

     長期的に考えると,過疎集落対策の正攻法は何らかの形で,その集落の人口を維持することに集約される。基本的には都市から農村への移住であり,若い世帯の移住,定年帰農,二地域居住などがある。

    2 若い世帯の農村移住1)

     若い世帯の農村移住の希望者は少なくない。過疎集落には多数の空き家があり,空き家情報をネットで紹介する「空き家バンク」も広がっている。ただし実際に利用できるものは非常に少なく,集落ルールの把握も難しい。学校や小児科・産婦人科の減少により,移住の障壁は高くなっている。若い世帯の農村移住が大幅に増加するとは考えにくい。

    3 定年帰農2)

     定年帰農も人数が少なく,農業従事者は増加していない(やめる人のほうが多い)。価値観の変化によって希望者が大きく増加する可能性はあるが,トラクターなどの主要資本装備だけでもかなりの資金が必要であり,農業に従事できる期間もおそらく短い。しかも高齢者の農作業には危険が伴う(70歳以上の死亡事故率は40〜49歳の5.8倍)。定年帰農も大幅に増加するとは考えにくい。

    4 二地域居住3)

     都市でさえも人口が減少する時代では,「平日は都市,週末は農山漁村」といった二地域居住も万能薬にはならない。たとえば石川県では楽観的にみても,2025年ごろに「二地域居住による農村地域の人口の増加分(順調に進んだ場合の最大)」が「農村地域で不足する人口」を下回る(図1参照)。

    図1
    ↑図1

    5 新たな戦略を探るとき

     この先,都市から農村への移住が大幅に増加するとは考えにくく,すべての過疎集落の人口を長期にわたって維持することは難しい。財政が苦しい時代にあっては,各種の支援もあまり期待はできない。このような状況を前提とした新しい戦略が求められる。

    III 計画的に力を温存するとき

    1 力を温存するとき

     わたしは現在のような石油や食料の大量輸入がいつまでも続くとは思っていない。数年先ではないが,農山村再建の好機が到来するであろう。ただし今は無理をするときではなく,地域で計画的に力を温存するときではないか。この場合の「地域」には平場も含まれる。「直近の危機的な状況を(とりあえず受け入れつつも)最小限の喪失で切り抜け,その先の好機を確実につかむ」という戦略はどうか。

    2 拠点集落の構築

     人材や支援を「有限」とするなら,それらをどのように配置するかが成否を決めることになる。地域ごとにいくつかの拠点集落を選定し,Iターン者や支援を集約することを提案する。拠点集落の選定では防災,生態系保全,文化の伝承など,目的を明確にすることが重要である。余裕があれば目的ごとに拠点集落を決める。守ることにこだわる必要もない。たとえば伝統文化と最新技術の融合を目的とする拠点集落も魅力的である。いうまでもなく,選定においては地域の住民の理解と民主的な手続きが不可欠である。

     Iターン者や支援を集約する理由は2つある。雪が多い場合,集落の戸数があまりに少ないと生活が成り立たなくなる。豪雪地帯の集落存続のためには5〜6戸以上が必要であるという4)。生活を維持するという点では,少数の集落に集まって,1集落あたりの人数を増やすほうが有利である。

     もう1つは人材育成のためである。わたしが聞くかぎり,Iターン者の「地域の担い手としての評価」はあまり高くない。農村を「逃げ場」と考えるIターン者がかえって地域に迷惑をかけることもある。よってIターン者を担い手として確実に育てるための仕組みが必要となる。そのような仕組みをすべての過疎集落に追加することは非現実的であろう。拠点集落を少数に絞り,1集落あたりの支援を増やすほうが有利である。

     なお拠点集落のなかでも文化の伝承を主な目的とする集落をわたしは「種火集落」と呼んでいる。ここでは山野の恵みを持続的に利用する技術,気候風土に適した農法などを守り,育てる。もしも将来,石油や食料の大量輸入が難しくなったら,種火集落に残されたものが多くの国民を救うことになるであろう。

    3 「地域」のとらえ方

     このような戦略では行政界が「地域」の境界線としてふさわしいとは限らない。たとえば図2の場合,市町村ごとに1つずつ種火集落を決めると,どちらかの文化が失われる可能性がある(たとえば集落3と4が選ばれた場合,文化Aは失われる)。この場合は,文化の圏域(点線)ごとに種火集落を選ぶべきである。これは生態系保全などでも同様である。

    図2
    ↑図2

    IV 集落移転という選択肢

    1 次善策が必要

     拠点集落を決めるということは,当然,「それ以外」の集落を決めるということでもある。「それ以外」への「次善策」も準備する必要である。順番としては,むしろ,その議論のほうが先かもしれない。次善策なしに集約が進めば,お題目はさておき,「それ以外」は結局切り捨てられることになる。結論からいえば,現実的な「次善策」は少なくない。

     「尊厳ある最期(たとえば,むらおさめ5))」も1つの選択肢である。さしあたり,コミュニティの広域化などで切り抜けることができる集落も少なくないであろう。本稿では,もうひとつの選択肢として「集落移転」をあげておきたい。根底には「少し引いて確実に守る(撤退)」という発想がある。

    2 これまでの離村

     これまでの離村について少し触れておく。何らかの形で自家用車が利用できれば,過疎集落での生活は不便ではない。しかし利用できない場合はかなり不便であり,通院などの頻度が高くなると生活は難しくなる。そうなると高齢者は,ぽつりぽつりと集落を離れ,都市の息子・娘の家や施設に向かうことになる。地縁が失われ,残されたほうも離村したほうもさびしくなる。離村した高齢者は多くの場合,土との接点を失う。しかも息子・娘の家族に歓迎されるとも限らない。それでも寄る辺のある場合はまだましであろう。これからは,それすらない高齢者がもっと増えると考える。

    3 集落移転という選択肢

     わたしが選択肢のひとつとして推奨する集落移転は,全員の合意が前提であり,強制でも半強制でもない。「これまでの離村」とも大きく異なる。

     農地が残る地方小都市などに集団で移転するとどうなるか。ここなら土との接点をある程度維持しながら,安心して生活することができる。学校なども充実しているので,若い世帯といっしょに暮らすことも不可能ではない。これは農村的な精神や知恵の伝承においても非常に重要であると考える。

     「集団で」移転する利点を説明する。移転先でも周りは古くからの知り合いである。つまり場所はちがっても地縁が維持される。それなりの仕掛けは必要であろうが,共同体を維持することもできる。移転後の精神的な支援でも「集団で」のほうが圧倒的に有利である。寄る辺のない高齢者が置き去りにされることもない。共同体が健在であれば,子孫になるかもしれないが,いつの日か皆でもとの場所に戻ることも不可能ではない。

     「高齢者の心を無視した最悪の選択肢」と批判を受けそうであるが現実の評価は低くない6)。約20年前の鹿児島県・本之牟礼地区の集落移転注1)で移転した住民の1人は,「今(2008年)振り返ってみると,若かったから(もとの場所で)がんばることができたのであり,(今の場所に)連れてきてもらってよかった」,「以前からの仲間がいるから心強い」と感想を話した。病気がちになってから,集落移転の効果を実感する人も少なくないと考える。

    4 成功のカギ7)

     集落移転を成功させるためのカギはおそらく3つある。第1は先見の明,すなわち「このままではこうなる」という意識である。鹿児島県・本之牟礼地区の集落移転の原点は同地区の住民の「このままでは先細りになる」という思いであった。このような意識がないと何も進まない。第2は集落移転に関する知識である。集落移転が実質タブーになっている現在では知識の欠落も大きな障壁である。第3は内部(住民)の力で集落移転の意思を固めることである。リーダーの役割は重要であるが,秋田県・雨外地区の集落移転注2)のようにリーダー不在でも集落移転が実現することはある。第3のカギは難易度も高い。意思決定のあり方が集落移転の成否を決める。

    5 どこから学ぶか

     集落移転は1970年代に多数実施された。しかし「道路を整備すれば『へき地』は解消される」と考えられるようになると衰退した8)。しかし古い集落移転に関する文献は今も残っている。また近年では中越地震の後,集団移転が実施された。これらも多くのヒントを与えてくれるであろう。なお集落移転についても古い形にこだわる必要はない。たとえば福祉施設と一体的になった集合住宅なども選択肢に加えるべきであろう。

    6 都市計画との連携

     コンパクトシティーの時代にあっては地方小都市も安泰とは限らない。「移転先が衰退し,再度移転が必要」となっては最悪である。都市計画と連携し,地域全体の将来像を描く必要がある。

    7 誇りの再建

     集落移転に限ったことではないが,「誇りの再建9)」も不可欠である。誇りを失ったままの集落移転は明るい未来にはつながりにくい。「ここに生まれたことを誇りに思うが今は状況がわるい。自分あるいは子孫が,再び戻る日にそなえて力を温存しよう。平場の住民に山のすばらしさを伝えよう」といった流れが理想的である。

    V 土地利用

    1 放棄された水田

     土地(跡地)への「次善策」も必要である。むろん水田としてそのまま維持できるのであれば何かを急ぐ必要はない。それが難しい場合は森林に誘導するか,放牧などの粗放的な管理に切り替えることを提案する。放牧地にしておけば,すみやかにもとの水田に戻すこともできるという10)。「現状維持をあきらめることがあっても,土地の潜在力はできるだけ残す」という発想である。

    2 荒廃した人工林

     荒廃により表土が流出する可能性のある人工林(針葉樹林)は,広葉樹林か「広葉樹の多い針広混交林」に誘導する。表土が流出する危険性は低下するといわれている。肥よくな表土が健在であれば将来好機が到来したとき,いかようにも対応できる。これも「土地の潜在力は残す」という発想である。なお人工林に限ったことではないが,どうするにしても土地の所有者などの確認は急ぐべきである。

    3 削るべきものは削る

     国全体の人口が減少すると,国の税収に余裕がなくなり,農村への手厚い経済的支援も不可能になる11)。これは「多面的機能に対する国民の認識が低い」といった問題ではなく,「無い袖は振れぬ」である。無理せず計画的に土地利用を再構築すれば,結果として奥地から順にほとんど使わない道路なども出てくるであろう。使わないものは管理を簡素にするか撤収する。

    VI これまでと何がちがうのか

     都市から農村への移住は以前から見られたものであるが,「集約」といったことは,あまり話題にならなかった。これには,「いずれすべての集落に多数のIターン者などが行き渡る」という前提があったと想像する。「すべてに行き渡る」なら「集約」は不要である。一方,本稿の前提は「Iターン者などは有限」である。これが「拠点に『集約』して,細くとも確実に生き残る道を探ってはどうか」につながっている。拠点集落の構築とそれ以外への「次善策(撤退など)」は不可分であるため,本稿では撤退も前面に押し出した。

     第III章〜第V章の内容は現在,共同研究会「撤退の農村計画」で論じられている「積極的な撤退」とほぼ一致する。「積極的な撤退」の本質は「再配置(再構築)」である12)。ただし共同研究会における初期の議論が集落移転に偏っていたことは否定しない。

     再構築の議論はこれまでにもあったが,撤退が無視されていた。「構築だけ」の「再構築」とは奇妙な話である。再構築について論じるなら,「撤退」にも光を当てるべきである。本来の再構築の議論がやっとはじまった。

    謝辞

     共同研究会「撤退の農村計画」のメンバーの皆様から多大なるご協力を受けた。深くお礼申し上げる次第である。本研究の一部は、環境省の環境研究総合推進費(E-0902)の支援により実施された。

    注1) 1989年,7戸が約11km離れた倉津団地に集団で移転した。過疎地域集落再編整備事業が用いられた。強力なリーダーがいた。移転先の隣の地区と本之牟礼地区は同じ寺の檀家で,もともと親しかった。役場の担当者の話。
    注2) 1993年,4戸すべてが約6km離れた菅生地区に集団で移転した。リーダーはいなかった(4戸それぞれの代表者がまとまって希望を伝えた)。集落移転により後継者も戻ってきた。役場の担当者の話。

    引用・参考文献

    1) 西村俊昭(2010):若い世帯の農村移住は簡単ではない(林直樹・齋藤晋編,『撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編』).学芸出版社,京都,pp.60-65.
    2) 林直樹(2010):定年帰農とその限界(林直樹・齋藤晋編,『撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編』).学芸出版社,京都,pp.66-71.
    3) 林直樹・齋藤晋(2009):二地域居住の限界と集落移転の実際.第37回環境システム研究論文発表会講演集,81-86.
    4) 藤沢和(1982):集落の消滅過程と集落存続の必要戸数―農業集落に関する基礎的研究(I).農業土木学会論文集,第98号,42-48.
    5) 作野広和(2006):中山間地域における地域問題と集落の対応.経済地理学年報,第52巻,264-282.
    6) 総務省自治行政局過疎対策室(2009):『平成20年度版「過疎対策の現況」について(概要版)』.
    7) 林直樹(2010):過疎からの「積極的な撤退」検討すべきとき.WEDGE,12月号,16-18.
    8) 前川英城(2010):歴史に学ぶ集落移転の評価と課題(林直樹・齋藤晋編,『撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編』).学芸出版社,京都,pp.89-95.
    9) 小田切徳美(2009):『農山村再生―「限界集落」問題を超えて』,岩波書店,東京.
    10) 有田博之(2005):ウシの放牧が持つ耕作放棄田の管理機能と土地利用.農業土木学会論文集,235,51-58.
    11) 額賀信(2001):『「過疎列島」の孤独―人口が減っても地域は甦るか』,時事通信社,東京.
    12) 林直樹・齋藤晋・一ノ瀬友博・前川英城(2007):共同研究会「撤退の農村計画」―人口減少時代の戦略的農村再構築―.農村計画学会誌,25巻4号,564-567.





パスワードを忘れた方や、
ご記憶のパスワードでログインできない方は、 共同研究会情報管理担当の 齋藤までご連絡ください。
メールは です。

書籍『撤退の農村計画』の 意見交換のページをご覧になりたい方は、 このページの右側にある「書籍について(書籍の著者と読者のみ)」を クリックしてください。