撤退の農村計画 > 記事 : 林直樹(2015):山間地で求められる農村戦略.農村計画学会誌,34巻1号,51-54.
  • 林直樹(2015):山間地で求められる農村戦略.農村計画学会誌,34巻1号,51-54.

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    共同研究会「撤退の農村計画」では、熊本大学の学術レポジトリにならって、原則として、全文を公開しています。これは著者最終稿をもとにしたものであり、その後の発行者・出版者側のレイアウト調整・誤字脱字調整、著者の校正は入っていません。

    1 はじめに

    山間地の集落に関する議論が活発になっているが,個々の状況を無視し,十把一からげに「辺地の集落は諦めるべき」「すべての集落が必ず再生する」と主張することが,状況を好転させるとは思えない。今求められているものは,いかなる事態に陥っても,力強く生き残るための動的な戦略であろう。

    本稿のねらいは,山間地の農村計画を農村戦略に昇華させることである。必要なものは次の二つ,(1)不変の方針(基礎的な価値観),(2)目標とする姿についての「複数」の青写真だけである。第4章以降では,耕地,居住地形成,文化を取り上げ,現状以外の青写真の例を示す。

    2 山間地に求められる農村戦略

    (1)戦略と計画の違い

    戦略と計画の定義は多様であるが,本稿では次のように考える。すなわち,戦略も計画も,上位目標,下位個別目標,方法をまとめたものであるが,外的な変化に呼応した全面的な変更(上位目標も変更対象に含まれる)が考慮されている場合が「戦略」であり,「計画」はそれ以外である1)。戦略には「はじめにAを目指すが,状況がBとなった場合はCを目指す」といったものが不可欠である。筆者自身,これまで両者を曖昧に使い分けてきたが,以下では厳密に区別する。

    (2)農村計画から農村戦略へ

    部分的にみれば別であるが,山間地の農村計画の大半は文字どおりの「計画」であった。手段が柔軟であっても,実質的な上位目標が「少し前の姿」,一歩譲って現状に固定されていたからである。「UIターンを促進する」も「集落に出没する野生生物を追い払う」も,上位目標は,「集落の少し前の姿」に固定されている。

    しかし,明るい事例があるとはいえ,この先,山間地の全域でそのような目標が達成できるとは思えない。事態の悪化により,上位目標を含めた全面的な変更を迫られることも考えられる。国全体の人口の減少により,国から地域への手厚い支援が不可能になることを考慮すると2),迫られる可能性は低くないとみるべきであろう。漠然と「農業・農村の価値は無限大」「これからは農の時代」と叫び続けても,状況が好転することはない。

    今求められているものは,従来型の農村計画ではなく,事態の悪化に対応できるような農村戦略である。ただし,農村戦略は,従来型の農村計画を否定するものでもない。農村計画に「(万が一に備え)全面的な変更も考えておく」の一要素が追加されただけである。山間地の振興が否定されることもない。その一要素は,用心深さのあらわれであり,「弱腰である」と非難されるようなものではない。

    3 農村戦略の構築に必要なもの

    (1)不変の方針

    第3章では,農村計画を農村戦略に昇華させるための突破口を示す。農村戦略が失敗するとすれば,「行き当たりばったり」に陥ることが考えられる。それを避けるため,農村戦略の策定には「いかに状況が変化しても,断固守るべき方針」(以下「不変の方針」)が求められる。集落全体の方針であれば「歴史的な連続性を守る」「地縁を守る」「自然との一体感を守る」などが考えられる。「次世代の選択肢を減らさない」といったものがあってもよい。

    不変の方針は,当事者全員の基礎的な価値観であり,あえていえばドクトリンに近いものである。長い歴史を振り返ることでそのヒントが見つかる可能性もある。ただし,いかに精巧であっても,数回のアンケート調査や表面的なデータの解析などで明らかになるものではない。外部からの押しつけなど論外である。

    念のため付け加えておくが,不変の方針は,書類上の飾りではない。ありとあらゆる段階で,それを強く意識することが求められる。

    (2)目標とする姿についての「複数」の青写真

    当事者による建設的な議論を促進するため,農村戦略の策定には,目標とする姿についての「複数」の青写真が求められる。現場に明るいことは当然であるが,青写真の制作者には,思い込みを排した,自由で柔軟な発想が不可欠である。青写真自体については,外部の支援者が制作してもよい。ただし,個々の青写真の良否は当事者が判断することである。

    4 山間地の耕地に関する青写真

    (1)よくある「思い込み」

    樹園地や草地以外の耕地,いわゆる「田畑」について考える。かなり薄れたと思われるが,よくある「思い込み」としては「耕地を放棄すると砂れきの荒れ地になる」「放棄すると国民全員に悪影響が及ぶ」が代表的であろう。国民全員への悪影響としては「下流で洪水が多発する」「恒常的なコメ不足に陥る」などがあげられる。無論,国民全員がその種の思い込みを持っているということではない。

    a 砂れきの荒れ地になる可能性は非常に低い

    日本の場合,放棄された耕地は長い年月をかけて森林に戻ると思われる3)。ただし,短期的にみれば(植生を考える場合の短期),やぶの状態で安定する可能性もある。専門家が考えるような美林になるとは限らない。細かくみれば,あぜが崩れる可能性もある。

    なお,放棄された人工林も時間をかけて天然林に置き換わると思われる。ドドマツの場合であるが,放置した人工林が自然の復元力で植栽前の針広混交林に戻ったという報告もある4)。ただし,ヒノキ人工林は放置すると表土の侵食量が増大するといわれている。場合によっては手助けが必要であろう。

    b 下流で大洪水が多発することはない

    耕地には,一時的に雨水を貯留することで下流の洪水を防止する機能があるといわれる。しかし,山間地の耕地を放棄しても,コンクリートで覆うようなことをしなければ,下流で大洪水が多発するとは考えにくい。現実をみれば明らかであろう。毎年,耕作放棄で膨大な耕地が失われているが,筆者は,それが主因で大洪水が多発するようになったという科学的な報告を見たことがない。なお,全国の田畑の洪水防止機能は3兆4988億円/年と評価されたが,その基準は雨水を一切浸透しないような土地である5)。洪水防止機能が高いというより,基準が低すぎるとみるべきであろう。

    c 恒常的なコメ不足に陥る可能性は低い

    全国の場合であるが,2013年の「あぜ」を除いた田の面積は2,326千ha,主食用作付面積は1,522千haであった6)。コメの生産だけをみれば,その年,田の34.6%は不要であったということである。一方,やや古いデータ7)から計算したものであるが,山間農業地域の田の割合は,全国の9.9%にすぎない(あぜの割合は全国一律とみなした)。つまり,山間農業地域の田が全滅するという非現実的な事態を想定しても,コメの需要が一定で,そのほかの田が健在であれば,恒常的なコメ不足に陥る可能性は低い。

    (2)青写真の例:草地,人工林,天然林

    無制限な耕作放棄や転用を容認するつもりはないが,ある程度の「意図的な」変化も認められるとなれば,耕地の青写真として,放牧で維持される草地(図1),人工林,天然林(放棄に近い粗放的な管理)などが浮上する。

    図1
    ↑図1(クリックすると拡大されます)

    食料の輸入が途絶する可能性は非常に低いが8),現状維持以外で「そのような万が一に備えたい」ということであれば,草地のような,耕地としての土がある程度維持されるような土地利用,元に戻すことが比較的容易な土地利用を目指すべきであろう。

    なお,複合的な青写真としては,急傾斜の人工林を天然林に置き換え,同時に,放棄された田畑を人工林に置き換えるといったものも考えられる。

    5 居住地形成に関する農村戦略

    (1)よくある「思い込み」

    よくある「思い込み」としては,漠然としたものであるが,「都市住民の移住はよいが,農村住民の移住はよくないこと」が代表的であろう。強制移住は論外であるが,実際には,不本意ながら,通院や介護を受けるため,移住が必要になることもある。そのような移住まで「よくないこと」で片づけてよいとは思えない。

    (2)青写真の例:再建のための集落移転

    農村住民の移住に関する否定的な思いを排除すると,四散の危機に直面している過疎集落への青写真として,「まとまって,ふもと(または小都市の辺縁)で生活する」が浮上する。再建のための集落移転を実施するということである。それは強制移住ではなく,集落の全員が納得して選択するものである。外部から酷評する人もいるが,移転した住民からの評価は非常に高い(後述)。移転先の住居は戸建てが基本であるが,それにこだわる必要もない。福祉施設と一体化した集合住宅があってもよい。

    a 実際の評価

    集落移転については実際に移転した人の評価が一番参考になる。古いものが多いが,移転の実施数は決して少なくない。総務省自治行政局過疎対策室の報告9)によると,「移転前のほうがよかった」という感想は非常に少なく(図2),「買い物や外出など,日常生活が便利になった」「病院や福祉施設が近くなり,医療や福祉サービスが受けやすくなった」「自然災害や積雪などによる不安が少なくなった」といったことが高く評価されている(表1)。

    図2
    ↑図2

    表1
    ↑表1

    b 筆者らが見聞きした「移転後」

    1989年,本之牟礼地区(阿久根市)の7戸が市役所に近い倉津団地に集団で移転した(3戸は市外へ個別に移転)。市役所に近いといっても,緑の多い静かな場所である(図3)。2008年,筆者らは実際に移転した住民から感想を聞いた。「今(2008年)振り返ってみると,若かったから(もとの場所で)がんばることができたのであり,(今の場所に)連れてきてもらってよかった」「以前からの仲間がいるから心強い」といったものが強く印象に残っている。この事例では,場所こそ異なるが,地縁がある程度維持されていることを強調しておきたい。

    図3
    ↑図3

    古い事例であるが,1964年,太平寺集落(現在の米原市)の住民がふもとの春照(すじょう)に集団で移転した。

    2014年,筆者らは移転先と跡地(図4)に向かった。ここでも移転後の生活は高く評価されていた。心のよりどころである「円空の観音像」も同じ場所に移転している。場所こそ異なるが,集落の歴史的な連続性が維持されているという印象を受けた。なお,移転先新集落の戸数は16から33に増加した。跡地は雑草や雑木に覆われていたが,昔の姿に戻すことが不可能な状態とは思えなかった。

    図4
    ↑図4

    4 山間地の文化に関する農村戦略

    (1)よくある「思い込み」

    よくあるとはいえないかもしれないが,「農村の文化といえば祭りや芸能」が代表的であろう。それらを軽視するつもりはない。しかし,国民全員の立場からみれば,土地や気候にあった伝統的な農法,自然と一体化した生活様式(以下,それらを「民俗知」と記す)のほうがはるかに重要であろう。

    民俗知が消滅したとしても,現在の国民の生活が脅かされるような事態は考えにくいが,それらは,万が一の食料不足やエネルギー不足に対する「国民的な保険」とみなすこともできる。現在の土木技術であれば,雑草や雑木に覆われた無人の集落を元の姿に戻すことは難しいことではないが,消滅した民俗知を再現することは至難であることも付け加えておきたい。

    (2)青写真の例:種火集落

    少ないマンパワーで民俗知を守るなら,複数の集落で構成される「地域」で守るべきであろう。個々の集落の民俗知に優劣をつけるつもりはないが,「拠点集落を構築する」という青写真はどうか。拠点集落に求められることは,あえて厳しい山中に踏みとどまり,「地域」の代表として民俗知を実践で守ることである。筆者は,そのような拠点集落を「種火集落」と呼んでいる。少数の拠点を構築しながら,そのほかについては,集落移転や自然消滅も容認するといった考え方があってもよいのではないか。UIターン者についても,種火集落に集まるよう誘導すべきであろう。地域おこし協力隊の場合であるが,分散配置は失敗につながるという意見もある10)

    民俗知を実践で守れば,伝統的な土地利用,田畑,ため池,薪炭林なども,ある程度維持されると思われる。副次的なものであるが,種火集落での活動は,そのような土地を必要とする生物を守ることにもつながる。なお,民俗知を「国民的な保険」とみるなら,国民全員も支援すべきであろう。ただし,月々の「保険料」で国民の生活が圧迫されるようなことは許されない。

    7 おわりに

    本稿では,山間地の農村計画を農村戦略に昇華させることを考えた。とはいえ,「複数の青写真から選ぶことの『重み』に耐えることができる集落は少ない」といった意見もある。具体的な策定となれば,多種多様な工夫が必要になるであろう。

    謝辞

    共同研究会「撤退の農村計画」「撤退の農村計画東京支部」のメンバーの皆様,特に齋藤晋氏から多大なるご協力を受けた。深くお礼申し上げる次第である。

    引用・参考文献

    1) 福田秀人(2008):『ランチェスター思考』,東洋経済新報社,東京.
    2) 額賀信(2001):『「過疎列島」の孤独―人口が減っても地域は甦るか』,時事通信社,東京.
    3) 沼田眞・岩瀬徹(2002):『図解 日本の植生』,講談社,東京.
    4) 清和研二(2013):『多種共存の森―1000年続く森と林業の恵み』,築地書館,東京.
    5) 三菱総合研究所(2001):『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価に関する調査研究報告書』(日本学術会議(2001):『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)』の資料).
    6) 農林水産省大臣官房統計部(2014):『平成25年 耕地及び作付面積統計(平成26年5月)』.
    7) 農林水産省統計情報部(2002):『2000年世界農林業センサス:第9巻農業集落調査報告書』,農林統計協会,東京.
    8) 川島博之(2010):『「食料自給率」の罠―輸出が日本の農業を強くする』,朝日新聞出版,東京.
    9) 総務省自治行政局過疎対策室(2001):『過疎地域等における集落再編成の新たなあり方に関する調査報告書(平成13年3月)』.
    10) 東大史(2014):元協力隊員による「失敗の本質」の研究.季刊季節,18,29-33.





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